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もしかして三国志 Part2
さて、今日は出陣出来なかったので「もしかして三国志」の妄想世界を繰り広げたいと思います。
今回で2回目になりますが、これは三国志の歴史を振り返ってみて「もし、あの時これがこーなってあれがこうなら、きっとこうなってたのにー」と思うようなことを、妄想の中で考えて見ましょうというコーナーです。
第一回は、落鳳破でホウ統さんを救ってみました。きっとその世界では蜀が漢王朝を復活させていることでしょう(w)
そして、第2回はこの人
SR孫堅SR孫策

なんと二人です。
孫堅と孫策を救ってみましょう。
まず、簡単に説明しますね。
孫堅は、言わずと知れた孫策、孫権、孫尚香のお父さんです。呉夫人の旦那さんですね、劉備の義理の父にもなるのかな?(これって意外とみんな気づいてないかも?w)
董卓を洛陽で逃がした連合軍は解散して、孫堅軍も領地へ帰ります。(その際に玉璽を持って帰ります。)
そして、劉表軍と荊州で戦争になり、その際に黄祖の落石の罠にかかり、若くして命を落とします。
孫策はその後を継ぎ、孫堅の持ち帰った玉璽を袁術に渡すことで兵を借り、自分の勢力を広げ瞬く間に呉の国の基礎を築き上げました。
しかし、領内を訪れた仙人于吉を民を惑わす者として、処刑したがためにその幻影に呪い殺されたかのように、やはり若くして命を落とします。(横山光輝三国志が出展ですw)

さて、ここで孫堅が黄祖の罠を看破し憤死しなかったならば?
呉の国はかなり早い段階で、江南を制し、荊州をも制圧下においていたのではないでしょうか?
君主が孫堅であれば、孫策も仙人問題で処刑を行うような強権を振るうことはなかったでしょう。
大きなカリスマと戦上手であった孫堅。
軍事に関して才能を持っていたと思われる孫策(義兄弟周瑜もいます)。
そして、内政と民心掌握に長けていたと思われる孫権。
強いです。
孫堅が軍を率い、前線で孫策と周瑜が暴れ周り、後方で孫権が留守と補給を仕切る。袁一族のように裏切って兵糧を送らないなんてことはありえませんね。

この体制であればそもそも劉備が荊州に寄る前に呉が荊州を落としたでしょうから、劉備軍はほとんど良いところのないまま滅亡したかもしれません。
対魏軍にしても早い段階で地盤を固めたであろう呉軍は互角以上の戦いをしたはずです。歴史は二国志もしくは南北戦争記とかになっていたのかも知れません

そんな結末の三国志、読んでみたいと思いませんか?


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[ 2006/01/05 22:41 ]

| もしかして三国志 | コメント(3) | トラックバック(0) |
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コメント
--- コメントありがとうございました ---

こんばんは、星野☆スミレです。
相互リンクのお申し込みをありがとうございました。
早速の星野のブログ「夜来香」からリンクさせていただきました。
よろしくお願いします。
エントリーと関係のないコメントで、ごめんなさい。
星野☆スミレ * URL [編集] [ 2006/01/05 23:51 ]
--- ---

相互リンクの希望ですが・・・・
トモヤ * URL [編集] [ 2006/01/06 18:09 ]
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>トモヤさん
相互リンクオッケーですよ。
こちらからも張りますのでよろしくお願いしますね。
伏 * URL [編集] [ 2006/01/06 22:48 ]
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